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秀太郎歌舞伎話D 〜 義経千本桜〜上方の本当と江戸の洒落
「義経千本桜」といえば、三大義太夫狂言のひとつであることは皆さんもよくご存知とは思いますが、特に三段目、四段目は人気があるようで、たびたび上演もされています。
三段目以外の部分は、上方と江戸でそれほどやり方が違うということはないですし、特に四段目は六代目の菊五郎さんなどが磨き上げてきたもので、父(十三世仁左衛門丈)も我當時代にはよくやっておりました。子どもの頃僕もマネをしておりまして、そんな僕をみて、父は「狐は小指を中にいれなさい。小指を外に出していたら犬やで。」なんて、5つ6つの子どもに教えてくれたりしたものです。おもだか屋さんは四の切を随分と工夫なさって、とても人気のあるものにしてきましたが、おもだか屋さんのやり方がもともとあった型ではなかったのです。すし屋の場もそういう意味でいいますと、江戸のすし屋はおもだか屋さんがなさってきたような形で現在のようになったといってもいいように思います。
従来のすし屋は、全くちがったものでした。大和のならず者のお話で、しかも浄瑠璃ですから言葉も違います。でも、きっと江戸の役者さんがみて、「すし屋って面白いな」と感じたんでしょう。例えば、僕がハムレットを観て面白いと思っても、英語はわからないし、衣裳もなんとなく僕には合わないなぁと感じて、若侍の格好で日本語でやる・・・極端にいえばそんなふうに、もともとのすし屋から江戸のすし屋ができてきたのではないでしょうか。
今ではすっかり江戸前の権太が有名で、大和のならず者なのに江戸弁を話すようになってしまいまして、昔ある大阪の役者さんが「権太、なんでお前江戸弁つこうてる?」と聞いたら「へい、ちょっと江戸に(すし)修行にいってまして・・・」と江戸の権太役者が答えたという笑い話もあるくらいです。
前にもお話しましたが、上方だ江戸だというのではなく面白いほうがよいとは思いますので、僕はけっして江戸のやり方が悪いとは思いません。ただ、やはり基となるものをご覧頂きたいと僕は思うのです。どちらがよいかはお客様の嗜好ですから、上方の方が面白いというお客様もいらっしゃいます。特にこの三段目については、もとである上方が面白くできていましたから、江戸風になっても面白くできているのだと思うのです。僕自身は、上方のことばやなまりはとても大切にしたいと思っています。
江戸のすし屋でも弥助は和事風に演じられおりますが、それでもやはりキリっとしているような気がします。本来弥助実は維盛はお公家ですから、やわらかな風情を持って演じたほうがよいと思いますし、実際上方のほうがまろやかな感じがいたします。ただ、江戸のすし屋ですと、きっとスッとしたイキなほうが合うんでしょうね。それに比べると、上方の弥助は弱々しいけどかわいらしい、そんな感じです。もともとどちらかといえば上方の二枚目はかわいらしい感じが多いですから、この弥助もその部分が多く表されているお役です。
上方と江戸の違いでいいますと、梶原のセリフが江戸はひとこと多いです。「聞き及ぶいがみの権太。悪者とききしが、お上へ対して大忠臣。でかすでかす。」なんていうのは、上方にはないセリフです。これをいうと「褒美には・・」とついつい言いたくなってしまうんですね。そうすると、「内侍、六代生け捕りしか」というセリフをうっかりとばしてしまいそうになりますし、実際とばしてしまった方もたまにいらっしゃるようです。上方では、「維盛の首に相違ない。内侍、六代生け捕り・・・」とすぐにいってしまいますから、間違うこともないんです。そこで、小せんと善太は顔を上げるのですが、このセリフがとばされてしまいますと顔をあげる機会を失ってしまったりもするわけです。
道具も多少違いまして、梶原がくると聞いて維盛が退場した際に、江戸では定式(ゴザ)をとってしまわれますが、上方ではそのままです。これはどういう訳かよくわからないのですが、お里はどかなくてはなりませんし、維盛が後で若葉の内侍と戻ってきた際もどこが家の中なのか外なのか、草履を脱ぐ位置なども難しくなります。また、維盛の着付けにしても、文楽はそうですが、後半から露芝を着て求女のような格好になるのが上方風ですが、江戸では衣装はそのままです。僕が維盛をさせていただいた際には、相手が江戸の役者さんの場合にはご相談して合わせて致しましたが、成駒屋さん(鴈治郎丈)の時には、露芝に着替えてすべて上方風にさせていただきました。
居所でいいますと、幕切れで維盛が下手へいきますと、若葉の内侍と六代の君は江戸では皆下手の維盛のところへまわりますが、上方では義太夫が一人高野山へ出家すると語っているのですから、一人で下手へまわります。お芝居ですから、例えば「親子が離れ離れでは忍びない」ということで、見た目を重視した形であれば三人で下手へいてもいいのかもしれませんが、僕がさせていただく時には弥左衛門に二人を託し、一人でまわるようにしています。
権太は江戸弁のときにはやはりすっきりとしたのが格好いいですね。権太のやり方も様々ですが、お金の無心にやってきた際、うその涙を流そうと花瓶からの水をつけたり、あっちこっちつねってみたり。これは江戸だ上方だということではなく、いろいろなことを皆さんなさっています。ただ、身替りとなった小せん・善太を突き出した際の松明を使って涙を隠すやり方は上方の型です。江戸風では、小せんと善太の顔をあげるときに、右手で善太、左足で小せんの胸をうつというのがふつうですが、上方では両方手を使って顔をあげさせ、「よい器量・・・」といってぐっときたところで「煙たいなぁ」といって涙を隠します。上方の方が権太の感情がわかりやすいですし、「もどり」に対しての感情移入がしやすいのではないでしょうか。
感情の盛り上がりという点でいえば、段切れの義太夫の使い方も違います。上方では「~?親子の別れ、手負いは・・・」という義太夫を使いましてどんどん義太夫で盛り上がっていきます。それに合わせるように上方のお客様は感情が盛り上がっていくんですね。一方の江戸ではこれを使わずにあっさりと義太夫を短くして「~?哀れ果敢なき・・・」と終わります。どちらかといえば江戸はこういう部分を短くしてしまうことが多いようですが、これは江戸の気性に合わないということだったのでしょう。
僕は今月小せんをさせていただいていますが、上方の拵えとして木の実の場では裾を引かずにからげています。江戸では皆さん裾を引いていますが、若葉の内侍のような身分の高い人ならば引いてもかまいませんが、座敷でもありませんし小せんの身分からいってもその辺りは不自然ではないようにしていますが、権太のセリフで「まくれまくれっ」というのが裾を引いていた方がいい易いという方もいらっしゃいますから、一応相手方に合わせるように致します。立役が引いてほしいといえば勿論そういたしますし、それが女方の心得というものだとも思います。
小せんという女性はどうも姉さん女房的で権太に意見をしたりするせいもあって、どちらかといえば老けた感じで演じられてしまいますが、以前芝のぶちゃん(中村芝のぶ丈)の小せんを見た際に、とてもかわいらしい小せんで新鮮でした。権太が惚れるくらいですから、きっとかわいい色気があるんでしょう。その時の芝のぶちゃんを観ていて、小せんってこんな人ではなかったのかなぁと思ったくらいです。僕自身は、小せんはすし屋のなかで立女方的な存在だと思います。立役者の妻ですし、特にすし屋の場では一言も口を聞きませんが、権太が涙しなくてはならないのですから、とても重要な役です。何もいわなくても情愛をみせないと・・・。今回も成田屋さん(市川團十郎丈)とは「そこで目を見つめたほうがよいでしょうか」なんていう相談を致しまして、「そのときの気持ちを大切にしてやりましょう」ということになりました。結構、そういうところまで細かく相談をしてお芝居をさせていただいているのです。そういう気持ちで行うとお芝居全体が違ってきます。
一方で、お里はかわいいしそちらの方が目立ちますから、役としてはそちらをなさりたいという方も多いかと思います。お里にしても上方と江戸では違いまして、有名な「お月さんも寝やしゃんした」というセリフは、上方では「われわれはぁ、お月さんも寝ねしてじゃえ〜」といいますね。「お隣も寝た、むかいも寝た」というのも、上方でははっきりと弥助に向かっていいますが、江戸ではわざと弥助には聞こえるようにですが、独り言のようにいいます。
お芝居は生きているものですし、様々な工夫を先輩方がなさってきています。どちらがよいということではないですが、本物である上方と洒落の江戸という形で見比べてみるのも、有名なこのお芝居を新しい視点で楽しめる機会となるのではないでしょうか。
(2003年2月) |
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