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秀太郎歌舞伎話C 〜 楽しめる歌舞伎〜理屈と感性
歌舞伎には理屈でいえば納得のいかないお話がたくさんあります。忠臣蔵にももちろんそういうところはたくさんあるのです。でも、それを理屈で考えずに感性で捉えてみるとスムーズにその世界へはいることができると思います。
九段目でみてみますと、お石というのは本蔵が憎い、でも小浪はかわいいという複雑な心境にあります。最後には本蔵が腹を切ってくれることでなんとか形が整うのですが、だからといって喜ばしいことではないわけです。その辺りはもう理屈ではないですよね。一方、小浪にしてみれば父親を殺した人と一夜限りの夫婦になんて、普通はなれないですよね。封印切の梅川にしても、寺子屋の松王丸にしても、歌舞伎には理屈で考えたら納得のいかないことだらけです。だから、九段目にしても成り行きにのってご覧いただければいいと思います。お石の心の移り変わりなどをあまり理詰めにすると、リアルかもしれませんが古風さがでなくなってしまいます。
戸無瀬と小浪が死のうとするところへお石がかける「ご無用」ということばの間も、いってみれば体からでるものです。あの場面はかなり緊迫した場面ですから、そこを破るには生きた間というのがいいのです。間でいえば、「そりゃまたなんのお恨みでっ」とくれば「さればいの」とトントンといきますが、「お恨みで〜」とひっぱるようにきましたら「おっ、きたな・・・」と思いながらちょっとかぶせ気味でいくわけです。それが毎日違う、生きたお芝居となっていくわけです。歌舞伎の面白さですよね。昔の歌舞伎のお客さんはそんな違いをも楽しみながらご覧になっていて、「今日のお石はイジワルだったわね」とか「やさしかったわねぇ」なんていわれたものです。「私はやさしいお石が好きだわ」「いや、私はイジワルなほうがいい」、といった風に同じお芝居でも観る人の感性によって違ってきて、それぞれの楽しさがあるのです。
台本の名作は小説としては面白いのですが、芝居としてはつまらないということが多いものです。面白い芝居というのは台本自体はそんなに読んで楽しいものではないのですが、それにふくらみをもたせるのが役者の腕や義太夫の曲だったりするわけです。義太夫狂言というは現代の言葉とは違っていますし、文字で書いてわかっても必ずしもすべての意味がわかるというわけではありません。難しい、わかりにくいからといって、現代語に直してしまう方もいらっしゃいますが、僕はあえて直さずにやっています。特に義太夫狂言の場合には、説得力をもった演技というものでカバーができると思いますし、言葉は国の文化であり歴史だと思うので大切にしたいのです。それをいかに表現力をもってわからしめるか・・・というのが大事なのではないでしょうか。
面白いエピソードがあるのですが、最近ブラジルで文楽の「曽根崎心中」をしたときに「あの世にござる父母には未来でお詫びいたしまする。」と徳兵衛がいうと、お初が「エエ、こなさんがうらやましい。~?私のととさんかかさんは生きてこの世の人なれば・・・」という、とてもしっとりとしたいいところでお客さんが笑うんです。なぜかと思っていましたら、字幕スーパーには「私のお父さんお母さんは元気で悲しい」とでていたのです。直訳はそうだけれど、そこに含まれている意味は全然違います。そこがセリフの難しいところで、もっと雰囲気で醸し出すものがあっていいと思います。ですから、意味がわかればいいというのではないのではないでしょうか。
忠臣蔵にも「忠臣蔵変癡気論」という本があるくらい、理屈にはあわないところがたくさんあるのですが、そんなことではなくゆったりとその世界を楽しんでいただきたいものです。もちろん、役者は理屈を感じさせないだけの演技をしなくてはならいですが・・・。
2002年は僕にとりましても平成若衆歌舞伎の旗揚げがあり、また、愛之助が頭角を現してきたりと充実した一年でした。愛之助にとっては、大きな役もたくさんできましたし、本当に充実の年だったと思います。12月の顔見世ではそれほど大きな役にはつきませんでしたが、これはここでちゃんと気持ちを引き締めて・・・といった意味があると本人も思っているようです。いい時ばっかりではなくそういう時にいかにきちんとやるか、与えられた役をちゃんと勤めるかがそこから先につながるということを愛之助もよくわかっていますから、あまり心配はしておりません。ただ、来年は歌舞伎の舞台に出演する機会が少ないというのが気がかりではありますが、また新しいことを吸収して一回り大きくなってくれると思っています。僕はやはり愛之助にはトップになってほしいですから。
僕自身は、これからはトップに近い位置でしっかりと脇を固めていきたいです。若いころから大歌舞伎以外のところでも大きな役をやらせていただいたおかげで、脇役をするときでも非常にいい形で重要な役を勤めさせて頂いております。主役だけでは芝居は成り立ちませんから。それと同時に、何十年も腰元だけしかしない人と、若いときに芯の役を体験した人では年月を経たときに確実に差があると思いますから、若手を育てチャンスを与えていくつもりです。若衆歌舞伎も二年目を迎え、前回とはまた違った形のお芝居をご覧いただければと考えているところです。前回は上方在住の役者だけで構成して、それがある意味ではひとつの自慢でもありました。今年はよりよいお芝居にするために、愛之助と対になるような役を登場させることによって、芝居の厚みをだすというのも面白いなぁと思ったりしています。
古典の魅力も新作の魅力も、理屈ではなくお客様それぞれの感性で楽しんでもらい、新しい年も歌舞伎を楽しんでいただきたいですね。
(2002年12月) |
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