秀太郎歌舞伎話A 〜 巡業の楽しみ

 この11月は巡業であちらこちらの劇場でお芝居をさせていただくのですが、毎回劇場が違うからといっても僕たちは普段とあまり変わらないお芝居をさせていただいています。劇場の大小については、「ああ、おっきいなぁ」とかいう感想はいいますけど、ぱっと舞台をみますと大体芝居の寸法というのもつかめます。若い時分には皆実際に舞台を歩いてみて居所を確認したりということもあるのですが、ベテランになりますとそんなに苦労をすることもありません。

 全国にはさまざまな劇場がありますが、今では市民会館など大変立派な劇場が多くなりましたので、まあ、小さいといった感想はあまりなくなりましたね。とはいいましても、花道の長さも違えば、花道そのものがなかったりするわけですから、その都度その都度で臨機応変に対応していくわけです。僕らはそれができないといけないんです。

 今はほとんど新幹線での移動が多くなりましたが、終戦当時などは荷馬車での移動もありました。時間的にも、快適さでいってももちろん今のほうが断然体には楽ではありますが、昔は昔で風情のあるものでした。プラットホームから旅館から食べ物から、その地方地方で随分と違っておりましたから、それがまた楽しみでもあったのです。私の父(十三世片岡仁左衛門丈)も列車が大好きで、巡業にいった際には列車が停まるたびにプラットホームに立ってその土地の空気を深呼吸して楽しんでおりました。そういう点では、今は贅沢になった分だけ旅の風情というのが失われてしまったようでちょっと寂しいものです。

 昔は娯楽も少なくて、年に一度の歌舞伎公演が楽しみだといってずっと待っていてくれているご贔屓の皆様もいらっしゃって、それこそ綺麗な芸者さんたちを引き連れてお茶屋さんへ遊びに連れて行ってくださったり、その地方の名物をご馳走になったりして、そんな皆様の温かいおもてなしに触れるのがまた楽しみでもありました。娯楽といえば芝居しかない時代でしたので、お客様もよく芝居をご存知の方が多かったですよ。子役ででていた頃でも、舞台にでたらリンゴやらおひねりがとんできたりしたものです。お芝居が終わっておひねりがいっぱいだと喜んでいると、父のお弟子さんに「これは大道具さんへあげるものです。」といって全部持っていかれまして、僕のところにはひとつも残らなかったものです。十代になりましても、僕は特に博多へ行くのを楽しみでした。大博劇場というところは一週間くらい公演ができましたから、旅と土地の皆様の温かさを満喫したというところです。

 今は歌舞伎をはじめてご覧になる方も多いので、演目も工夫されてわかりやすいものが好まれるようです。歌舞伎に触れる機会の少ない方に巡業を通じて少しでも歌舞伎の魅力を感じていただけるとよいと思います。

 巡業では様々な規制もありますので、たまにハプニングというのもあります。以前は劇場そのものが舞台セットでも自前のものをもっておりまして、今でも松羽目くらいはあるでしょうけど、屋台のようなものはないのがほとんどです。ですから、舞台セットにしても場面転換の少ないものにして、全部持ちまわらなくてはいけないわけです。衣裳も同様に持って移動です。

 昭和23年ころでしたか、2月に京都座という劇場で半月の興行を終えて巡業にでたときのことです。四国の宇和島での公演で雛助さん(嵐雛助丈)と当時の鶴之助さん(現・五世中村富十郎丈)で「揚屋」(碁太平記白石噺)をなさったときに、当時7、8才でした僕は禿としてださせていただいていたのですが、荷物はすべて船で運んだのです。その当時の船ですから今のような立派なものではなくて裸船でしたから、なんと衣裳箱が海に投げ出されてしまったことがありました。なんとか衣裳箱は引き上げたのですが、中の衣裳はずぶ濡れで使い物になりません。しょうがなく惣六をしていた父は衣裳の代わりに自前の袷の楽屋着で舞台にでたということがありました。そのとき禿の衣裳はどうにもならないというので、僕の出番はカットされてしまいました。当時は子役も今に比べれば巡業にかり出されていました。小さいながらも、私は巡業を楽しんでいたほうですね。

 ちょっとお芝居とは離れますが、昔の先輩方は巡業に奥さんや家族の誰かを付き人とは別に連れてきて身の回りの世話などをさせたものでした。また、「彼女」を連れていらっしゃった方もいましたね。若い人がそんなことをしたら怒られてしまいますが、幹部さんになってくるとそれもまたご愛嬌といったところがございました。ある大先輩が奥様がいらっしゃったときには楽屋で寝てばかりいたのに、彼女がきたとたんにとてもウキウキと張り切ってお芝居をされていたことがあり、子供心にもその変わりようを鮮明に覚えております。役者の遊びは・・・などとよくいわれますが、人を傷つけたり騙したりしない限り、実際の行動は別にして恋心というのを持っているは大切だと思います。歌舞伎の場合は、男性が女性を演じることももちろんですが、いくつになっても若い恋心を表現したりしなくてはならない。色気が必要なんですね。それはきっとどこかに恋心を持ったり感動したりする心をもち続けることなのかなぁと思うのです。役者は夢を売る仕事ですから、自分も夢を見ていたいんですね、きっと。

 昔の巡業と今の巡業では随分と雰囲気も違いますが、風情を感じられた昔の巡業が懐かしいですね。 (2002年11月)
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