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秀太郎歌舞伎話G 〜 家の芸と役者の風情
今年も京都南座の顔見世の季節となりました。時間の流れは早いもので、もう顔見世かという気持ちがしております。
さて、今年の顔見世では、『一條大蔵譚』のお京と『吉田屋』のおきさをさせていただきます。どちらのお芝居も父・仁左衛門が大好きなお芝居でして、私も顔見世でさせていただきますのはとても嬉しいことです。実は松嶋屋には「片岡十二集」というものがございまして、祖父・十一代目仁左衛門が単に片岡の当り狂言ということではなく、改作したり工夫したり、あるいは原本にもどしたり、いってみればリニューアルして上演したものを十二作まとめあげたものをいいます。『一條大蔵譚』はその片岡十二集のひとつとなっています。
父は大蔵卿はそれほど多くは演じておりませんでしたが、私は父の大蔵卿で常盤御前をしたことがございます。『吉田屋』は松嶋屋の当たり狂言という感じがいたしますが、実はこちらは十二集にははいっておりませんで、今年の顔見世で同じくかかります『吃又(傾城反魂香)』は十二集にはいっております。今回は大蔵卿を十五代目が演じることになりまして、夜の部は松嶋屋にとりまして非常に縁のある狂言ふたつに十五代目とともに出演することとなりました。
お京は武家の女房でいってみれば固い女性、おきさは大きな料亭のおかみさんでやわらかい感じになりますから、演ずる者にとりましては非常に役の変化がございます。ただ、おきさというのは料亭のおかみといいましても吉田屋という非常に風格のあるおうちなので、その店のおかみさんは風格がなくてはなりません。来年一月松竹座では『封印切』のおえんをいたしますが、同じ茶屋のおかみでも同じではないのです。茶屋のおかみさんのやわらかさと風格のあるところをおきさは必要としているわけです。今回も自然体で力まずに、品のいいおかみさんを演じたいと思っています。
『吉田屋』の喜左衛門にしてもおきさにしても情がないとふんわりとしたところはでませんし、ふたりに情がありませんと伊左衛門がバカにみえてしまいます。そうならないようにするためにも上方独特のはんなりとした情と色気をだしたいなぁと思っています。
おきさも随分と演じさせていただきましたが、今回は段四郎さんの喜左衛門でのおきさとなります。お稽古といいましても何度も演じていますし古典なので段取りの確認をする程度となるわけですが、お稽古の短さには皆さんによく驚かれます。役者というものは初役でも自分で研究しなくてはなりませんし、また古典であれば小さいころから見ているものなので当然覚えていなければなりません。それまでいかに稽古をしてみているか、またそれを舞台で動き演じることができるかということが長い間に蓄積され、それがものをいうわけです。若い人たちのハラハラした危なっかしさの魅力というものもありますが、私くらいの年齢になりましたら役者が芝居を楽しみ、安心してみられる役者、遊びのある役者とお客様に思っていただけることが必要となってくると思います。
大蔵卿は若鮎の会という勉強会で父がお弟子さんたちに教えたことがありますがなかなかうまくいかず、それこそしつこいくらいに稽古いたしましたが、結局本番でもうまくいかなったということがありました。その場面が映画「歌舞伎役者片岡仁左衛門〜若鮎の巻」に残っています。
この映画は十二時間もある長いものですが、最初はそんな長い映画を一体誰がみるんだと思いましたし、正直楽屋やプライベートな生活にまでベッタリとはいってくるわけですから邪魔だなぁと反対しておりました。でも、監督さんの熱意に負けて不承不承お受けして撮影が行われたわけです。
まさに役者片岡仁左衛門を丸裸にするもので、さて完成したはいいけれど本当にお客様は観るのかと思っていましたら、岩波ホールでの上映の際長蛇の列ができまして、本当にびっくりいたしました。この映画は嬉しいことにその後繰り返し上映さえています。頭で考えているだけではお客様が喜んでくれるものはわからないなと実感いたしましたし、皆様には最後の歌舞伎役者の家「仁左衛門家」という感じを持っていただいたようです。実際、今の役者にはないですね、ああいう家は。
家族ではいつも芝居の話をしていましたし、遊びのなかにも芝居が随所にありました。今の時代では芝居よりまず学校でしょうが、その頃は三味線の一の糸、二の糸の音や発音を覚えるほうが大切だったんです。人はいろんな生き方があってよいと思いますし、役者の家に生まれたんですから役者に必要なものを大切にしたいというのが父の教育方針でした。父は学歴は高くはありませんが博学でしたし社会に興味があった人でした。また、芸のために家族を犠牲にするようなことはありませんでしたし、家族のために芸を犠牲にするようなこともしません。家族は一番厳しいお客さんですから、どちらも中途半端にはできないわけです。松嶋屋は古風な家、役者の家という感じはありましたが、役者を続けられるのはそんな家に育ったからだと思います。
父は大変に芝居を愛し、いろんな先輩方のいいところを取り入れた人です。バリアがないという感じでしょうか。兄や弟はある程度の年齢になり自分なりの工夫が必要となってくるわけですから単に父のコピーというわけにはいきません。ただ父の芸をそのまま残したいという思いが私の中にはありますので、歌舞伎塾という場で受け継がせていただいております。
『吉田屋』はストーリーだけみているとくだらないお話ですが、いってみれば役者の魅力で見せる芝居です。それと同時に、吉田屋ではおきさや喜左衛門、封印切では八右衛門やおえんといった情のある脇役や敵役がいて初めて主役の魅力が引き立ちます。
上方の芝居はすべて情が必要です。ただ、この「情」というのが難しい。段取りは教えられても、はんなり・・・といった風情は伝えられないものなのです。役者自身の中にそういう感覚がないと演じられないものですから、それが日々の生活の中で培われるのだと思います。現代では家の中で学ぶことが難しかったとしても遊びの中で風情を学ぶこともできるのですから、そういう意味では役者は遊んでいいのかもしれません。
(2003年11月) |
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